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キトラ古墳|奈良県明日香村

ホーム>古墳探訪>奈良県 極彩色の壁画で高松塚古墳と共に考古学ブームをもたらしたキトラ古墳は壁画の保存と墳丘の復元作業がお粉られていた。2016年ついに墳丘が完了。資料館と共にお披露目された。 キトラ古墳 場所:奈良県高市郡明日香村阿部山136-1 【地図】 墳形:円墳 製造時期: 7世紀末~8世紀 大きさ:直径14m、高さ3m      上段:径9.4m、高さ2.4m 資料館〇、駐車場〇、トイレ〇 ----------------- 以下、現地案内板抜粋引用------------------------- 平成10年 に行った内部探査は、超小型カメラによる石槨の監察であった。その結果石槨内の壁面には四神、天井には天文図の壁画が確 認された。 石槨は、凝 灰岩切石を組み合わせたもので、北壁一枚、東西側壁各3枚、天井4枚と南壁・床面で構成されている。 天上部はマ ルコ山古墳同様に、屋根形のくりこみがある。 石槨寸法 は、幅103.2cm、高さ111.1cm+α(床面がうまっている)である。 北壁には亀 に蛇が絡まった姿の玄武を確認しており、東壁には青龍の上顎と舌先が見られる。 西壁には頭 を北に向けた白虎が描かれている。 これらの四 神図は白虎の方向や線の太さなどの違いはあるものの、高松塚古墳壁画と類似している。 一方天井に は大きな三重の同心円の内規・赤道・外規と天の赤道と交差する黄道が描かれ、更に多くの星座が表現されている。 この天文図 は、中国蘇州にある淳祐天文図(13世紀)よりも約500年程古く、現存するものでは世界最古の天文図であるといわれて いる。 ----------------- 以上抜粋ここまで-----------------------------------

奈良県明日香村の古墳

奈良県明日香村といえば真っ先に思い出すのは石舞台古墳でしょう。しかし石舞台古墳以外にも飛鳥の地には個性的で魅力的な古墳が沢山あります。 岩屋山古墳 岩屋古墳 場所:奈良県高市郡明日香村越 【地 図】 墳形:方墳 製造時期: 7 世紀前半 大きさ:一辺約54m、高125m(推定)   石室が開口しているため中に入れる。 岩屋古墳石室 梅山古墳(欽明天皇陵)(きんめいてんのうりょう) 梅山古墳 場所:奈良県高市郡明日香村平田 【地図】 墳形:前方後円墳 製造時期:7世紀末 大きさ:全長140m、後円部径72m、前方部45メートル、107m  駐車場あり 三段築成。 明日香村内では唯一の前方後円墳。 宮内庁により欽明天皇陵に比定。隣には 吉備姫王墓があり岩猿がいる。 吉備姫王墓の岩猿 【アクセス】 電車:近鉄吉野線「飛鳥」 下車  0.6Km程 真弓鑵子塚古墳 場所:奈良県高市郡明日香村真弓字 【地図】 墳形:円墳 製造時期:6世紀中頃 大きさ:直径約23m、高さ約5m  横穴式の石室としては全国最大級の古墳として有名です。 埋葬施設は 花崗岩の巨石を使用した横穴式石室で全長10m以上。 石室規模玄 室長:6.33m、幅4.23m、高さ4.8m 北側の羨 道:幅1.92m、高さ2.35m、長さ3.9m 南側の羨 道:幅2.26m、高さ2.28m、長さは現長で約5m. 石室の壁面 構成:7段構成、3段目以降は急激な持ち送り(穹窿式)となっており、天井部分は3石、架構されています。 こに地域に ある与楽古墳群からミニチュア炊飯具や簪子など渡来系要素をもつ遺物が発見されているので、 この地域は 渡来系の氏族の墓域だと考えられていま す。 自転車をこ いでえんやこら。 道に迷って えんやこら向かったのですが立ち入り禁止でした。 悔しかった ので周辺の写真を載せます。 牽牛子塚古墳(けんごしづか) 牽牛子塚古墳 場所:奈良県高市郡明日香村越【地図】 墳形:八角墳 製造時期:終末期 大きさ:対角長18.5m、高さ約4m -----------------以下、現地案内板抜粋引用------------------------- 「万葉集」に多く詠まれた真弓丘陵の一画に位置している。墳丘は版築によって築成されている。 墳丘の北西部に花崗岩の切石3個が露出しており、これを外護列石とする二

展覧会・発掘された日本列島2021を見に行く

緊急事態宣言明けの2021年6月27日(日)  東京都・江戸東京博物館で実施されている「発掘された日本列島2021」を見に行きました。 両国国技館のすぐお隣です。目玉の展覧会がやっていたわけではないので人が少なくすいていました。常設展のチケットで観覧可能です。 6Fが入り口、5Fがお目当ての会場です。 江戸東京博物館には何度も来ているので常設展は横目で見つつ5Fへ直行します。 発掘された日本列島2021 此方入り口です。 此方の展覧会の何がすごいって ・全部本物(複製)なし※一部貸し出しが中止された発掘品のパネル展示はあり ・フラッシュ無しなら撮影OK 昔は断固撮影禁止が多かったですが最近はこのあたりもだいぶ緩和されてきましたね。図録販売による収益よりも、SNSでシェア・拡散された方の集客効果の方がメリット的に大きいと判断されているのでしょうか。もちろん著作権等複数条件も重なり合っての撮影禁止とは思いますが、個人的には緩和はうれしい事態です。説明板やパネルの写真を撮ってしまえば、全力でメモをとる必要がなくなったので鑑賞に没頭できます。 個人的な見どころは ・広島県史跡・松本古墳出土  盾型埴輪片 家形埴輪片 蓋形埴輪片  ・国成古墳出土 玉類一連 ・福山市・二子塚古墳出土 金銅製双龍環頭太刀把頭(こんどうせいそうりゅうかんとうたちつかかしら) この双龍は見事。生で見られてよかった。 山口県からは大内氏関連の出土品 陶器や青磁など 下ガ戸貝塚からほ完全な形でミミズク土偶が出ました。 ミミズク土偶 志布志湾沿岸地域の古墳群からの出土品 塚崎古墳群 唐仁古墳群 横瀬古墳群 塚崎古墳群 唐仁古墳群 横瀬古墳群からの出土品 我が茨城県からは 下河原崎高山古墳群がエントリー 太刀、銀装太刀、壺、など 太刀 お恥ずかしながら自分はこの下河原古墳群というのを初めて知りました。今度行きます。

上浜田古墳群|神奈川県海老名市

神奈川県の東、秋葉山古墳群の近くにもう一つ大きな古墳群がある。上浜田古墳群 第1~3号墳。 上浜田古墳群 1号墳 (馬捨床) 上浜田古墳群 1号墳 (馬捨床) 墳形:円墳 築造時期:5世紀頃ではないか 所在地:〒243-0412 神奈川県海老名市浜田町1−1 三塚公園内 ーーーーーーー以下現地案内板より抜粋ーーーーーーー この付近には触部塚古墳を始めとする上浜田古墳群があります。 上浜田古墳群は、 4~6世紀にかけて造された相模流域屈指の古墳群です。このうち1~3号墳が近接していたことから 「三塚」と呼ばれ、 浜田町区画整理事業のなかで、1,2号頃が現状保存されて 「浜田三塚公園」 となっていますが、 1号墳 (馬捨床)・2号墳ともに未調査のため形や年代は不明です。3号墳は、 昭和 48 (1973) 年の発掘調査の時にはすでに墳丘失われていましたが、 直径約35~36mの周溝が確認されました。 この周溝から径30m前後の円墳と推定されていますが、 出土遺物は無く、 築造年代は不明です。 平成 14 (2002) 年の発掘調査で2号墳の西側にあった4号頃は、 中世の塚であったことが確認されています。 ーーーーーーー以下現地案内板より抜粋ーーーーーーー 上浜田古墳群 2号墳 上浜田2号墳 墳形:円墳 築造時期:5世紀頃ではないか 所在地:〒243-0412 神奈川県海老名市浜田町1−1 三塚公園内 上浜田古墳群 6号墳 上浜田6号墳 墳形:方墳 築造時期:4世紀頃 大きさ:22×22m 所在地:〒243-0405 神奈川県海老名市国分南3丁目31 ーーーーーー以下現地案内板から抜粋ーーーーーー この付近には瓢箪塚古墳を始めとする6 あざめい 基以上からなる古墳群があり、 字名から かみはまだこふんぐん 「上浜田古墳群」 と呼んでいます。 上浜田古墳群には7号墳の北側や5号墳 の南側にも古墳があったといわれ、 相模川流域では屈指の古墳群です。上浜田6号墳は、 発掘調査により周溝の一 部が見つかり、 一辺が22m程度の方墳であったと推定されています。出土した壺形土器から4世紀に築造されたこの地域の豪族の墓と考えられています。 ーーーーーー抜粋ここまでーーーーーー 上浜田古墳5号墳(太鼓塚古墳) 上浜田5号墳(太鼓塚古墳) 墳形:円墳 築造時期:不明 大きさ:不明。地図から

秋葉山古墳群|神奈川県海老名市

神奈川県海老名市の秋葉山古墳群は公園として整備されているため、とても行きやすい。 ーーーーー以下現地案内板よりーーーーー 秋葉山古墳群は、 座間丘陵の頂部に立地し、 海老名市内で最も標高の高い場所 (標高75~ 80m) にあります。 北から第4号墳 第5号墳・第3号墳・ 第2号墳・ 第1号墳と5基の墳墓が地形に沿って連なっています。 古墳群から西を望むと、 現在 「海老名耕地」と呼ばれる水田と南北に流れる相模川が一望に 見渡せます。 また相模川の向こうには、 丹沢山塊や大山を望むことができます。 このような景勝地であり、交通の要衝であったことから、 この辺りを治めていた首長は、この地に歴代の墳墓を築いたと考えられます。 昭和63年 (1988) から平成15年 (2003) までの 発掘調査によって、3世紀後半から4世紀にかけて継続的 に造られたことがわかりました。 年代が古い順に第3号墳 第4号墳→第2号墳→ 第5号墳・ 第1号墳となり、 不整形 で低い墳墓から徐々に整った前方後円墳へと変遷してい く様子をとらえることができます。 中でも、 第3、4号墳 は弥生時代から古墳時代の移行期に造られたと考えられ、 東日本では数少ない貴重な遺跡です。 これらのことから、 南関東における出現期古墳のあり方 およびその時期の社会を考えるうえで重要と評価され、 平成17年 (2005) 7月14日に国指定史跡となりました。 ーーーーーー引用ここまでーーーーーー 秋葉山古墳群1号墳(山王山古墳) 場所:〒243-0431 神奈川県海老名市上今泉4丁目7 秋葉山公園内 墳形:前方後円墳 製造時期:4世紀頃 大きさ:墳長59m、前方部長26m、後円部径33m 山王山古墳  1999年の発掘調査により、前方後円墳ということを確認。前方部がほかの秋葉山古墳に比べ長くなっているのが特徴。前方部の南側には古墳を区画する溝が発見された。 西側のくびれ部からは小型で底の丸い柑(かん)とよばれる土器と、鉄製の鏃(やじり)が出土した。 山王山古墳 秋葉山古墳2号墳 名称:秋葉山古墳2号墳  墳形:前方後円墳 製造時期:3世紀末から4世紀初頭 大きさ:墳長50.5m、前方部長18.m、後円部径33m 秋葉山2号墳 2号墳は1号墳のあとの2000年の発掘調査で、後円部に対して前方部の短い前方後円墳であ

東深井古墳公園|千葉県流山市

千葉県流山の「運河駅」近くには東深井公園がある。図書館や市民プールもあろ面積約6.7ヘクタールを誇る巨大な公園だ。 東深井古墳群 公園の北側は森になっており、昼間でも薄暗い。 昔この地には40基を超える数の古墳が存在していたらしいが今は13基が残るのみとなっている。 園内には古墳の分布図があるのでこれをもとに巡った。1号墳3号墳はそれらしい写真は残っていたが訪問したのがかなり前で放置してしまったためどっちがどっちか不明の為掲載していない。 東深井古墳分布図 9号墳  8号墳  7号墳  10号墳 15号墳 14号墳 13号墳 11号墳 17号墳 円墳 古墳の周辺情報

市之代古墳群|茨城県取手市

小貝川のすぐそばに取手市農業ふれあい公園がある。ここは昔市之代古墳群が存在していた。 4号墳 6号墳 これ以外は藪の中でみることができなかった。